2019年6月27日木曜日

秋葉原

 その昔、アマチュア無線をやっていたので頻繁に秋葉原に通っていました。昨日(2019年6月26日)新橋に所用があったので、足を伸ばして秋葉原に行って見ました。久々に見るアキバはすっかり様子が変わってちょっと馴染めない街になりましたが、それでも裏道に入ると怪しげな雰囲気をまだ残しています。ジャンク屋が並んだ通りは今でも面白いですね。その代わりアマチュア無線関係のお店はすっかり影を潜めてほぼない感じになりました。これは寂しい感じです。部品屋さんはまだ少し残っているのが救いです。写真は電気街口なのですが、秋葉原デパートがアトレに建て替えられてからここの景色もすっかり変わってしまいました。
 時間のある限り、駅前のBeck'sに入り行き交う人々を眺めていました。これが結構好きなのですが、秋葉原だけに外国人の方の往来も多く、およそ日本とは思えない感じもしました。隣に座ったサラリーマンは、ず〜っとスマホをいじりそのあとさらにタブレットを取り出しお昼休みにもかかわらず何やら作業をしていました。昼くらい目を休めることも必要だと感じますが、大きなお世話でもあります。久々の秋葉原は変貌しても面白い街でした。

変貌した秋葉原電気街口

2019年6月23日日曜日

散歩

 さすがは梅雨時で雨もそこそこ降って来る今日この頃です。果たして今日はテニスができるんでしょうか?週1回なので逃すと次の週まで持ち越してしまいます。雨も嫌いじゃありませんが、できれば日曜は晴れてし欲しいと思っています。
 体調を維持するために、散歩は欠かせない日課なのですがやはり雨が降ると出かける気になりません。それでなくても最近は引きこもりがちなので外に出るときは自分を奮い立たせています。気がつけばもう6月の終わり、今年も半年が終わってしまいます。それにしても1週間が矢のように過ぎていきます。
 そんな散歩ですが、大体は隣町まで歩いています。片道25分くらいです。ちょうど良い感じですが、月一回は病院での検診があるので、クリニックがあるもう一つ隣の駅まで歩きます。こちらはちょうど片道1時間4キロというところでしょうか!道端の花や雲を眺めながら歩きます。そんな風に歩いていると1時間もあっという間に過ぎます。歩いているときは様々なことが頭を駆け巡り、考え事をするのにも役立ちます。様々な景色から脳が刺激されて、想像力も働きます。仕事で煮詰まった時にもとても役に立ちますね。このとき出てきたメロディーはすぐに忘れてしまいますが、それももしかしたら蓄積されているのかもしれません。
 散歩は本当に楽しくて全然苦になりませんが、同じ場所を歩いていると新しい発見が少なくちょっとマンネリ化します。ほんとは時間のあるときに知らない街に行き、新しい発見をしたいのですが、なかなか時間がありません。できるだけ出かけて新しいものを発見したいと思う今日この頃です。

新井薬師と沼袋の間 西武新宿線

2019年6月19日水曜日

中野区沼袋

 昨日は(2019年06月18日)学校の後、昔ちょっとだけ住んでた中野区沼袋を訪ねて見ました。沼袋駅と新井薬師駅は、西武線の地下化に伴い駅を改築中です。ということで、駅前にあった交番はなくなりましたが、駅近くにいあったお風呂屋さん(一の湯)や駅前の不動産屋は残っていました。このお風呂やさんの隣にやきとんの飲み屋があるのですが、ここは友達の親戚がやってる店でもちろん残ってます。しかしお風呂屋さんの前にあった八百屋さんはマンションに変わり影も形も無くなってました。ちょっとさみしい感じ。駅から新井薬師方面に行くと氷川神社があるのですが、ここはもちろん残っています。記憶を頼りに歩いて見ましたが、住んでいたところは思い出せないし、その頃かなり古いとこだったので当然無くなっていました。新井薬師には床屋に行くのでしばしば行きますが、沼袋は何年振りでしょう!10年はゆうに越していますね。商店街のお店ももちろん変わっていて、昔よく行った喫茶店はパチンコ屋さんに変身して影も形も無くなっていました。
 路地にはちょっと面影が残っているところも多々ありましたが、何だか道も忘れてしまっていますね。でもしばし懐かしい思い出を堪能することができました。

すっかりリニューアルした感のお風呂屋さん

昔のままの形で残っていた駅前不動産屋さん

2019年6月13日木曜日

ラジオ番組

 何十年もずっとTBSラジオを聴いてます。ある時は朝から晩までかけっぱなしで聴いていました。大沢悠里のゆうゆうワイドという番組から始まって、荒川強啓のデイキャッチまで途切れることなく聴いていましたが、最近の版ぶみ改変でデイキャッチが、Actionという番組に変わりました。まあ、これが面白くないことこの上ない!何の役にも立ちません。できることなら前に戻してほしいぐらいです。(無理でしょうが)
 時に改変は改悪になってしまいます。学校のカリキュラムも授業時間が延びたのはグッドなのですが、必須科目から選択になり30回授業が半分に減ってしまうという改悪が今年から始まりました。これがとてもやりにく、学生にとっても、とても良い影響は出ていないと思います。現場を知らない役人が勝手に改悪してくる。ちょっと世の中が変という風潮がいろんなところに出ています。
 最近思うに、インターネットが世の中を壊しているような気がして仕方ありません。便利なものは便利に使えば役に立ちますが、おかしな使い方をすると世の中を狂わせてきますね。スマホのながらもそうですが、歩きながら見るほど大したものを見ていないのは明らかです。使い方の考慮をした方がいいですよ!とちょっと、イラっとくる最近の世の中です。昭和おじさんの戯言ですが、昔は良かった。


昭和的和菓子屋さん、中野新井薬師


2019年6月9日日曜日

2019 夕焼けコンサート

 今日は2019年6月9日、雨な日曜日です。テニスができるかどうか怪しさを感じる朝の天気です。そろそろコンサートの告知をしなければと思い書き始めました。ずっと先だと思っていた2回目の夕焼けコンサート、本番は7月14日、あと1ヶ月ちょいに迫って来ました。
 当初は7月7日の七夕にやる予定でしたが、諸事情があり1週間伸ばしました。この頃は梅雨があけてることを願いつつコンサートを開きます。昨年始めたこのコンサート大好評のうちに終了し、楽しんでいただきました。ということで2回目が決まったのが、まだ平成だった今年の初めです。今回も子供の歌を中心にコンサートをしたいと思っています。このコンサートをお楽しみいただいたあと、弥彦山に沈む素敵な夕焼けに出会えます。(晴れてれば)近隣にお住いの方、是非足をお運びください。


2019年6月8日土曜日

感性の行方

 昨日の夜、ちょっとデッキに出て見たら家の前の道路を何やら動物が歩いて行った。猫かなと思っていたら、なんとタヌキでした。以前はよく見かけたのですが、ここ最近見かけていませんでした。久々に目撃したタヌキ、まだいたんだとちょいびっくりと久しぶり〜という感じでした。まあこの辺は猪子山という場所なので、いても全然不思議ではありません。越して来た時からそんなに開拓されたというわけでもなく、農業地区ということもあり多分餌もあるのでしょう?しかし見かけるのは、最近では珍しい。
 アメリカにいた時は鹿やらリスやらオポッサムなど、庭にたくさんの野生動物が来ていたのでタヌキ1匹では驚きもしません。むしろ生息していたことが少し嬉しい感じです。畑の人たちはいい気持ちはしないでしょうが!
 昨日は授業始まって8回目のグループ発表会という簡易試験のようなものをやったのですが、それぞれの緊張感が伝わって来てなかなか良い体験でした。わずか8回目で弾き歌いという荒技をやってのけるのは大変だと思いますが、将来子供たちに接する学生たちが早い段階で演奏をするという経験は貴重だと思います。今のうちに修正できるのはありがたい。私の視点は、技術面よりもメンタルな部分と感性の部分に主眼を置いています。技術はこれからの練習でいくらでも修正できますが、感性は持ち合わせたものなので、あまり修正が効きません。これからの4年間を、どのような視点で過ごすかで子供達に語りかける歌をどう歌うかが問われます。将来を見据えて目標を立て、日々の生活の中で感性を磨いて欲しいと願っています。


2019年6月7日金曜日

悲しむ心

 昨日は、息子の嫁さんのおばあちゃんのお通夜に行ってきました。生前孫の七五三で一回しかお会いしていませんが、縁のある方なので出かけて行きました。孫にとってはひいおばあちゃんにあたります。浄土真宗のお葬式でした。家は禅宗ですがこんなにも違うんだという驚きで式を見ていました。式の終盤、孫がすすり泣き始めその関係性の深さを実感しました。
 悲しむ心があるのはとても良いことです。多分人生初のお葬式だったと思いますが、自分が子供時代(もう少し小さかったと思います)を考えると泣いた記憶はありません。喜びや悲しみをちゃんと持ててることは良いことです。このまま感性豊かに育って欲しいと思っています。
 家の菩提寺は曹洞宗で今回のお葬式とはちょっと様子が違います。お経の読み方一つ取っても色々な違いがあるんだなと思いました。(内容はよくわかりませんが)お焼香のやり方も違うようで宗派の違いは難しいですね。
 話は変わりますが、家の菩提寺の定光寺はAppleのジョブズと深い関係があります。ジョブズも滞在したことがあったようです。今は息子さんが継いでいますが、先代ももちろん御経を読んでいただいてるし、田舎の家はこのお寺の周りにある長屋でした。自分が今Macを使っていることに意外な繋がりがあることを感じます。音楽も好きだったようで、大きなスピーカーをお持ちで、高校生の頃聞かせてもらった記憶が今でも残っています。
 お葬式に出ると、いろいろなことが心の中に浮かんできてしまいます。故人はもちろんですが、自分の周りで亡くなった方たちの思い出が走馬灯のように走り抜けます。ともかく故人のご冥福をお祈りしたいと思います。

ビヨウヤナギ

 

2019年6月6日木曜日

歌を考える

 昨日は音楽漬けな日、2週間に一回若者が歌を習いにきていてびっちりレッスンしてさらに夜は新潟の合唱団のレッスンでした。若者は自身のコンサートを終えたばかり集客を心配していましたが、なんとか大丈夫だったようです。発声をやって、譜読みの練習、彼の作った歌を録音してあげて、細かい歌のチェックをオーディオの波形を見ながら教えてあげました。少しづつ上手になってきましたが、まだまだな気もします。欠点が波形で目に見えるというのはとても便利です。これもテクノロジーの進化ですかね!
 夜の合唱は6月30日にコンサートがあるのですが、ただいまそこに向けて練習中です。とても不思議な合唱団で、本番が近くなるとなぜか上手になります。人間の精神的な集中力というのはすごいなあと感心させられます。およそ1時間のコンサートなのですが、みんなで歌おうコーナーもあり、内容は盛りだくさん。この合唱団パフォーマンスも得意なのです。昔「一粒で2度美味しい」というCMのキャッチがありましたが、まさにそんな感じです。
 二つの歌のレッスン、合唱とこどものうたという全くジャンルの違うものですが、共通するのは歌の表現力。歌は言葉の表現力です。訓練中の方の歌を聴いていると音を追いかける、字を追いかけることに神経が注がれてなかなか言葉の大きなくくりを表現するところまで行きません。しかし一番大切なことは、メロディーに乗せられた言葉の意味をどう表現していくかということだと私は思っています。そのための基礎力が発声であり呼吸法であるわけですが、この時に大切になってくるのが体の体幹をおへそのあたりに置き、いかに上半身の力を抜いて、声帯に負担をかけず声を響かせるかが大切になってきます。これを会得するのがとても難しい。本人が体でその方法を体感しないとわかりません。力を抜いて空気を出すことでしっかりとした声が出せるのですが、大体は首回りの筋肉に力が入り、自分で声が出ないようにしています。この力が抜けると楽に声を出せるようになります。この基礎力があってこそ表現力を細やかに出せるのだと思います。
 さてそんなこんなで、色々と気になることも数多くありますが、季節は進み梅雨入りの噂もで始めた今週。紫陽花の花もあちこちで見られるようになりました。雨も楽しみながら季節を感じたいと思っています。



 

2019年6月2日日曜日

足跡

 ほぼ毎日写真を撮っています。たまりすぎちゃって困ったりもしますが、デジカメ写真はメタデーターが記録されていて、いつどこで撮った写真かすぐにわかります。このデーターはなかなか便利です。いつどこで撮ったものかすぐわかるので、この日はこんなところに居たんだというのが記録されて、まるで足跡みたいに自分史が残って居ます。写真としての失敗は多々ありますが、このデーターは貴重なのでなるべく消さないようにしています。振り返ってみるととてもおもしろいですね。健康のために歩きまくっているので、去年のこの日はこんなことをしていたという日記みたいなものにもなります。
 写真は大岡川で2019年4月20のものですが、平成から令和に変わる10日前のものですね。沿線でいうと京急の黄金町、伊勢佐木町あたりのものです。なんだかとても昔のように感じますが、つい1ヶ月とちょっと前のものです。自分の足跡を辿ってみるのもなかなか興味深いと感じる今日この頃です。


2019年6月1日土曜日

今日から衣替え?

 6月1日は衣替えなのですが、5月末が暑かったのでとっくに半袖を着ています。昨日は割と涼しかったのですが、我慢して半袖で学校に行っちゃいました。しかし、この季節感もそろそろ暦と合わなくなってきた気がしますね。こういう季節の節目は大切にしたいものです。合わなくなったら適当に変えちゃいばいいと思うのですが昔からの習慣をそう簡単に変えられそうもありません。私はサラリーマンではないので、ずっと関係なく暑かったら半袖、寒くなったらそれなりにと気候に合わせてやってきました。しかしこの習慣の言葉自体はとても好きです。
 そろそろ梅雨もやってきそうですね。今年はどうなんでしょう?あのジメジメした感覚は好きにはなれません。それも季節感なのですが....さて我が家では地下茎で広がったドクダミの花がたくさん咲いています。花は見ていて綺麗なのですが、増え方が尋常ではありません。ちょっと傍迷惑なくらいです。とは言うものの駆除するすべがないのでうわべだけ採っていますが、毎年どんどん広がっています。これはこれで良しとしましょう。